唐紙師トトアキヒコ
唐長の文化を継承する唐紙師。従来の唐長の唐紙を継承した襖や建具、壁紙、唐紙を用いたパネルやランプなど現代の暮らしに合うさまざまな唐紙のしつらいのオーダーをアトリエKIRA KARACHO(雲母唐長)にてうけ、またそれを制作すると共に、唐紙の芸術性を追求し、点描とたらし込みを融合させ自らの指で染めてゆくトトアキヒコ独自の技法「しふく(Shifuku)刷り」や「風祈」と呼ばれる技法から生まれるアート作品は、美術館にも収蔵されている他、寺社仏閣、公共・商業施設、個人邸宅など、さまざまな場に納められており、その独特の気配と世界観を持つ唐紙作品には、言霊が宿り、情景や物語がそえられることから「ことのは唐紙師」と呼ばれている。名刹養源院に奉納されたアート作品「星に願いを」は、俵屋宗達の重要文化財「唐獅子図」と並んでいる。同寺にある俵屋宗達の重要文化財「松図」の唐紙修復も手がけており、一方では美術館にて唐紙の歴史上初めてとなる唐紙アートの美術展を開催するなど、伝統の継承を行いつつ、現代アートなる唐紙の世界を築き、前人未到の道を切り拓いている。
2015年9月、言霊と撮りおろした写真をまとめ、初エッセイ「日本の文様ものがたり」(講談社)を刊行。

TOTO has been working as a craftsman in KARACHO, that is a famous studio of KARAKAMI woodblock-printed paper in Kyoto established in 1624, and making traditional ‘fusuma‘ sliding doors and wall papers, and he is also passionate about an artistic expression with KARAKAMI. His original method called ‘SHIFUKU’ painting with his fingers can create unique works of art.
He provides his KARAKAMI works for various temples, shrines, museum,public facilities, and private houses, and people feel drawn to his works which the spiritual power of language brings some scenes and stories, that is a reason why he is called KOTONOHA KARAKAMI-SHI.
His artwork called ‘Wish on a star’ is displayed next to the important cultural property by TAWARAYA SOTATSU in YOHGENIN temple in Kyoto, and he had also restored another SOTATSU’s work there.
As mentioned above, he is devoting himself to maintain the traditional works, and trying to establish the contemporary arts with KARAKAMI at the same time.

KARAKAMI artisan
TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
[雲母唐長]KIRA KARACHO online shop



唐紙師トトアキヒコのブログ(2008年5月〜2013年6月)

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KIRA KARACHO(雲母唐長)/ことのは唐紙師トトアキヒコが奏でる光と音…「唐長美術館」への軌跡
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2018.09.01 Saturday
平成の百文様プロジェクト



100年前に板木を彫ってくれた人のおかげで今のぼくたちの幸せがあるのならば、100年後の人たちの為に、ぼくたちはいま何ができるだろうか?


初めにこういう気持ちを抱いたのは、初めて文化財の修復をした際です。
文化財の修復を担ったとはいえ、そのことだけに満足できない自分がいたのです。
今の時代に巡り合わせたバトンランナーとして、手がけたに過ぎない。
伝統を継承する仕事は、やれば終わりでもなく、一個人で完結する仕事でもない。

過去と今がつながることにより、伝統は未来へと継承する可能性が生まれます。

先祖が命がけで守り伝えた板木の恩恵の元に、その板木から生まれる唐紙を、唯一無二の時間軸の価値として伝えるのがぼくたちの仕事であり、この価値ある型(板木)を次世代へと繋げるのがぼくたちの使命です。
時代を生き抜いてきた板木にふれるたびに、今、目の前にある板木は、100 年前、200 年前に板木を彫った人、守り伝えた人、そして、唐紙を愛した人がいたからこそ、唐紙の伝統と文化は伝承することができたのだと、いつも感謝の念が絶えません。

一方では、型を守ることは大事なことだが、守りすぎると型だけが残ってしまう。

大事なことは型に宿る本質だと思う気持ちも強くあった。
時代は進んでいるのに、過去にこだわりすぎると、今、生きているモノが残せない。
数年前から、ぼくにとって唐紙の定義が変わりました。
いや、始まりました。
唐紙は、祈りの風景であり、人々の祈りや願いの物語が込められたカミさまの宿る美しい風景を、ぼくは唐紙と呼ぶようになりました。
文様とは何かという根源的な問いに、向き合ったのです。
だからこそ、今は今の時代の感性や祈りを物語として伝えることに価値があるのではと強く思い、今を生きる時代を反映した板木、すなわち「今の人間の物語」を遺さないということは、未来の時計の針を止めてしまっているのではと思うようになりました。
ただこれまで、その志をかかげて前へと進む勇気も実力も持ちあわせていなかったのですが、この度、覚悟を決めました。

唐長の文化を継承する人間として、この度、凡そ400年の歴史において、唐長が先祖代々守り伝えた板木に加え、新たに、今を生きる私たちの祈りや願いがこめられた文様を100枚創出し、100年後の未来に伝えようと、平成の百文様プロジェクトを発案、創起しました。

伝統とは、常に「今」。

今の私たちが未来へと何ができるかを考え、この時代の空気や気配、面影を板木に託そうと思いました。
いつか誰かの笑顔や幸せにつながることを祈って…

平成の百文様プロジェクトは、唐紙文化の普及を通じて、他の日本文化普及にも努め、伝統と継承、循環と再生の歴史を創造し続け、100 年後の京都に意味のある持続可能(サステナビリティ)な文化プロジェクトとすることを意図するものです。


なにかがつづくということは、つづける人がいるということです。
今、この思いは、明日の種であり、未来の花となるでしょう。





平成の百文様プロジェクト特設ページ











2018.9.1
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)

| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 08:52 | - | - |
2018.05.24 Thursday
万人受けするモノなどない
万人受けするモノなどない.JPG

人の趣味趣向は千差万別ゆえ、万人受けするモノなどない。

モノづくりをする上で万人に対してのモノづくりは難しい。
色やフォルムやデザインや素材や質感なども含めて、さまざまな観点からモノの価値は図られ評価されるゆえに、それこそ人それぞれなのだから好き嫌いは当然だし、みんなの趣味にあてはめて望むモノを手がけることはできない。

と、思っていた…


今日、取材を受けるにあたり、取材前に考えを整理していたら、ふと降って来た。


ぼくの担っている仕事が、万人に共通するある事柄に通じることを発見した。
万人受けするモノなどないというのは、思いこみだった。

ぼくたちの仕事は、万人に対して必要な価値を有するということに今更ながらにも、気付けた1日であり、自分の言葉で気づきを語れた今日の取材はとても大切な時間となった。



万人が必要としている価値あるモノを見つけたのです、ぼくは。
そのことが正しいか否かは、さておき…

そのことが、正しいと思えるように道を切り拓き、生きればよい。











2018.5.23
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:32 | - | - |
2018.04.01 Sunday
新天地
新天地.JPG

しだれ咲き
草木は芽吹き
隻手の音
思いはたぎつ
嵯峨の月夜に







長らく思いを書き記すことから離れておりました…ごめんなさい。
城替えをするために、怒濤の日々をすごしていました…



静やかに草木が芽吹いてゆくなか、枝垂桜が咲き誇り、山の稜線に月が浮かぶ。


今、ぼくは、唐紙師として辿り着いた「唐紙は祈りの風景である」という境地を体現したアトリエを手がけています。
アトリエ雲母唐長は、京都御所西の地より新天地へと城替えを行いました。
新天地は、嵯峨。
もう少しで、比類なき唐紙の世界が生まれます。
苦節10年かけてようやくカタチにした新天地にて唐長の伝統の継承と発展に粉骨し、
次の10年、100年を見据えた仕事をし、唐紙を通じてより良い世界を築きたいと思います。

語らないこと、語れないこと、語り尽くせぬ思いは山ほどありますが、
隻手音声(せきしゅのおんじょう)ということばがあります。
隻手とは片手のことですが、両手を打たなければ音はでないのに、片手から出る音を聞けというのです…つまり、声無き声…音なき音を聞きなさい、と。
理屈や目に見えるだけの現象に捕われていると、難しいことかもしれませんが、語られていないもの、聞こえてないもの、見えていないもの、に何があるのか…



新しいアトリエには、気配や面影が宿ります。
訪れた人は、この地にて、ぼくたちが何を目指したのかが、わかるでしょう。
そして、この思いは、唐紙の新たな歴史を刻むとともに、やがて新しい風土となり文化となるでしょう。



唐紙を通じて世界が平和でありますように
人々の心がおだやかで幸せでありますように

ぼくは、嵯峨の地にて祈りを捧げ、唐紙を手がけ続けます。











2018.3.31
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 02:32 | - | - |
2017.10.30 Monday
命と命を繋いできた唐紙
命と命を繋いできた唐紙.JPG

何を表したかということよりも
何が現れているかのほうが大事


唐紙は、生まれた瞬間にとても艶やかで儚げな美しい景色を見せてくれる。

随分昔から、この乾く前の唐紙の景色は、板木とともに撮り続けている風景だ。
ちなみに、ほぼ毎回制作を終えるごとにぼくはその唐紙や板木の風景を撮り続けている。
毎日、唐紙と向き合う訳だから、その数は圧倒的に日々更新され続けていることになる。

即ち、それはぼくがどこの誰よりも、世界一、唐紙を撮り続けている人間であることを示している。


残念ながらお客さんのとこへ届ける際には、見ることができない絵の具が乾く間の刹那の趣は、唐紙は水のカミさまとともに在ると信じるぼくにとって、この瞬間は、不揃いの美の骨頂である。

そして、それこそがぼくが唐紙に見いだした美の力の神髄でもある。

目で捉えれば、これは梅の文様であるが、依頼した経緯とそのお客さんとの関係性においては、これは唯の梅ではない。
なぜなら、お客さんとの間には、
なぜこの文様を選んだのかという意味や物語がある
そして、それにぼくがどう応えたかということがその唐紙には宿っているからだ。

だから、目に見えること以上に潜んでいるモノ(魂)がそこに在る。
ぼくは、それを「気配のある唐紙」と呼ぶ。


何を表したかということよりも
何が現れているかのほうが大事


この写真1枚にしてもそうだ。
似せたり、真似たりしても
表層的に表向き同じような安易なコピーや複写と
そもそものオリジンは似て非なる差がある。

唐紙も同じだ

使い捨てられ次々に消費されてゆくモノと
長く残るモノの違いは何か
ほんとうの豊かさとは何か


およそ400年もの間、命と命を繋いできた唐紙
ほんとうの豊かさとは何か
こういう時代だからこそ、唐紙という手仕事を通じて、ぼくは世に問いたい。










2017.10.29
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 02:00 | - | - |
2017.09.18 Monday
プラトンの洞窟とトトアキヒコの唐紙
プラトンの洞窟とトトアキヒコの唐紙1.JPG

「文様」には、祈りの風景が在ります。表層的な「デザイン」ではありません。 そこには、人々の祈りや願いが込められ、神さまが潜んでいます。:日本の文様ものがたり(講談社)はじめ書きより




建築家飯田都之麿さんの言葉
「唐紙は光の文化であると言うトトさんの唐紙は光ですよね。けれど、トトさんの唐紙は光が違うんです。なんか色が違うというか、何かが違う…」と、何度か言われてきた。


あるプロジェクトで打ち合わせの際に、プラトンの洞窟の比喩がでた際に彼が呟いた。


「そうか、イデアと同じだ!文様は影です。トトさんの唐紙は、文様に潜む祈りの影を光としてうつしとっているんだ!それがトトさんの唐紙ですよ」


その言葉は、これまでぼくが唐紙における文様には祈りの風景があるという言葉を捉えたさらに一歩つきつめた言葉となり、ハッとしたぼくの肚にポトリとおちてきた。
彼がくれた衝撃的な言葉は、ぼくの唐紙師人生に新たな風をもたらしたと思える大切な言葉となり、これから存在してゆくだろう。

文様は祈りの風景である、とこれまでずっと伝えてきた。
祈りは、一般的には目に見えないけれど、祈りが文様というカタチに置き換えられてそこに思いがひそんでいるとすれば、その文様を光として今を生きる人たちの眼前に差し出し、または世にあらわし、伝えるのがぼくの仕事であると思った。

唐紙の文様について



古代ギリシャの哲学者プラトンの洞窟の比喩は、目覚めから悟りの段階をわかりやすく伝えていて、洞窟に閉じ込められた囚人は、洞窟の中に映し出される影絵のような影像だけを見ていて、それが実物だと思っています。

思い込みや既成概念にとらわれては、事実と真実の違いにすら気付かない。

現実社会では「野に咲く花の美しさ」や「煌めく星空」など、さまざまな形で「美しさ」が目の前にあらわれていますが、花や星空の美しさは、それ自体の美しさからではなく、森羅万象全てのもとである「美しい」ということ「美」そのものが存在するからこそ、人はその「美しさ」感じることができる。



雲母唐長PV動画をご覧いただければおわかりいただけるが、唐紙師トトアキヒコが手がける唐紙には1枚足りとて祈りのない唐紙は存在しない。毎日、文様に潜む祈りに思いを馳せ、命がけで守り伝えた先祖や唐紙を愛した人たちへの感謝を捧げてから、オーダーされた方のための唐紙と向き合ってきた。


これからも美しい唐紙の光を通じて、人々の祈りのカタチと物語を後世に受け継ぎたいと思う。
そして、こういう不安定な時代であるからこそ、唐紙の美を通じて人々の心がおだやかであること、世界が平和であることを今一度、強く心に念じたい。



写真は、飯田都之麿さんが手がけた極上の眠りを目指した寝室。かぐや姫の世界を思い手がけた神秘的に華やな移ろいを醸し出す陰影ある竹の唐紙は、特別な調合のゴールドで染めました。下記写真は、屏風に唐紙作品「ミズハ」や収納扉に唐紙が用いられており、これら建築家飯田都之麿さんとの仕事は、I'm home.にて今月特集記事で紹介されています。
I'm home. no.90 2017 November
HOME FOR LUXURY
上質な暮らしをかなえる
プラトンの洞窟とトトアキヒコの唐紙2.JPG









2017.9.18
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 17:38 | - | - |
2017.09.10 Sunday
相田みつを美術館での前人未到の日
あれから3年.JPG

唐紙の美 トトアキヒコの世界
雲母の旋律 - 400年のひととき -

2014年9月9日、東京国際フォーラム「相田みつを美術館」でぼくの初めての個展が美術展として開催された。
それは長い唐紙の歴史の中、唐紙師が唐紙をアート作品として展覧会を美術館で開いた初めての日ともなる。

初日、記念講演会で館長の相田さんのことばは、今もぼくの胸に刻まれている。

伝統を継承する二つの方法
相田一人さんのことば






あれから三年…

会期中に来場者数千人もの方々とともに一緒に手がけた大切なしふく刷りの作品を見る。
つらかったこと、苦しかったこと、たのしかったこと、嬉しかったことも全てこの唐紙は知っている。
この唐紙のおかげで、自分で決めた道を戻ることもなく、ふみはずすこともなく、時に泣き言や愚痴も言えたし、良い時もそうでない時も前へ前へと道をすすめた。
それは、この唐紙がいろんなことに耳を傾けてくれたからです。
みなさんに、とても感謝しています。


前人未到とは、文字通り前人がなく指標や手本がないため、良いも悪いも矢面に立ち、全部まるごと引き受けて立ち続ける覚悟が必要なのですが、難しいことはさておき…
ぼくは、ただ誰もが唐紙を愛せる道を探し考えつづけているだけです。

誰にでもわかる唐紙
美しい唐紙を通じて世界をより良くすること

そのことは、誰にでもわかる書を探求し続けた相田みつをさんの生き様に共通する何かがあるやもしれません。














2017.9.10
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 18:14 | - | - |
2017.08.30 Wednesday
信じる自由
信じる自由.JPG

刷毛を一振り…二振り…するうちに、やがて心はどんどん空っぽになってゆく。



今日も染めてた。
気付くと2000回以上ほど刷毛を振っていた…
不思議なもので
そうこうしていると、今迄気付かなかったカミさまのサインに気付いたりする。
だんだんと心が軽くなったり、解決策が見いだせたり、助けてくれる人と出会ったりする。



もう少しでコトが成る

一生懸命やっているうちは、このもう少しがいつなのかわからないし、そもそもそんな気持ちの余裕もなかったりする。
無意識無我夢中だから。
けれど、ふとした時やめげそうになった時やはたまた立ち止まってしまう事態に遭遇した時など、要はなんだかうまくゆかない兆しを感じた時に、ついつい人は考えてしまう。

その時に
もう少しだ…と身を奮い立たせるか
もう駄目だ…とあきらめてしまうか
人生は選択の連続だ

やった人にしか見えない景色がある
辿りついた人にだけ見える景色がある

この先のこのカーブを曲がったら…
この壁をこえたら…
もう少しで辿り着くはず
と思えるかどうかだけど、
もう駄目だとあきらめる自由もあるけど、
もう少しで辿り着くはずだと思う自由もあるはずだ。


世界を変えるには、まず自分が変わることだ。
あきらめていた自分が変わる事ことで、変わる何かがあるかもしれない。


もう少し
もう少し…
もう少しでコトが成る

積み上げてきた道をふりかえると、うまくゆく時は、運がよかったのだと思う。
そうとしか思えない出会いや事柄に満ちあふれていた。
うまくゆかない時は、自分に何が足りないかを突きつけられていると考える機会だ、もしくは、時期が違うのかも。

だから、運を手にするには
もう少し
と呪文を唱える。
来るべくその瞬間に幸運の女神と立ち会うために
よりよくなると信じること、よりよくなるように努力することだ。



一寸先は闇でも、その一寸先が闇だとは限らない。
だから、ぼくはその一寸先に手をのばす。











2017.8.29
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 02:36 | - | - |
2017.08.01 Tuesday
美しい唐紙がある暮らし
美しい唐紙がある暮らし.JPG

時折、お客さんの家に行くことがある。
近頃は、唐紙はもちろんのこと、襖や壁紙をはる表具仕事はもちろんのこと、家やマンションの改修や造作、家具などの仕事も受ける機会がふえ、雲母唐長の仕事は唐紙をベースにしたインテリア全般に広がりゆく。

先日、六甲にあるご夫妻の家を訪れた。
初めて唐紙の相談を受けお会いしてから1年ほど経つだろうか…
今、そのご夫妻の家には、リビング、ダイニング、和室の天井、建具、壁面、床の間…随所に唐紙がある。

ご夫妻の暮らしに初めて触れたときは、至るところに趣味趣向の香りがちりばめられていて、居心地の良い家だと感じた。それは仏像や骨董から感じられるぼくの好みの波長からくる安堵感という訳だけでもなく、人間として好きなモノへの美意識がある人への安心感でもあった。
人間の好みは千差万別ではあり、そのこと自体は自由でよいが、自分の好きなものがある、好きなものがわかる人がぼくは人として好きだし、面白い。

随所に唐紙のある暮らしに多くを語るでもなく、ご夫妻は、ただニコニコと微笑んでいる。

和室で寝転ぶためにつくった天井をみるために、失礼して、ぼくは寝転んだ。
あぁ…こういう景色かと思うどおりのところと思う以上のところがあり、面白い。
奥さんが主人は毎日そこで寝転んでいますよとか
建具を閉めて部屋に籠っているんですよ…と笑っている。
ご主人は1日1回は、必ずここに寝転んでいると笑っている。

唐紙の美をどうこう語るのではなく、ただ美しい唐紙のある暮らしに微笑んでいるご夫妻を見て美しいと感じた。

帰り際に、奥さんが、私が大切にしているモノといって見せてくれたモノがあった。地母神だろうか…手に入れた際についていた埃もそのままとらずに大事にしていているのと嬉しそうに語る。
それは唐紙が好きだと話す時と同じような表情だった。


こういう人たちに愛されてこそ、手仕事の陰影とゆらぎは生まれる。板木らしさ故のその滲みや掠れとともに江戸時代から時を越えて、今を生きる人間の精神性のゆらぎとともに甦った気配のある唐紙は、時代の空気を纏い、愛され次の時代へと残ってゆくのだと思った。


愛おしんで手がけたモノを、愛おしんでくれる人のもとへリレーできるしあわせ。











2017.7.31
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 03:11 | - | - |
2017.07.18 Tuesday
モノに宿るもの
モノに宿るもの.JPG

モノに時間が刻まれる際に宿る何か…
その何かをいつも追い求める
その何かは佇まいとも言える
そして、その佇まいにこそ、ぼくが求める美の秘密がある

記憶は、いつもその感覚のより深いところに在る

つくったモノは弱く、生まれたモノは強い…
何度この言葉を呟いただろう

50年、100年…と永きに渡り人々の記憶と寄り添えるだけの強さをもった唐紙でありたい。


本来、日本人はモノの中にカミさまを見た。また、モノを通してカミさまを見てきた視力があった。
だから、ぼくは唐紙というモノにタマ(魂)が宿ることを願い、信じて今日も生きている。











2017.7.17
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:49 | - | - |
2017.04.30 Sunday
写真家菅原一剛×唐紙師トトアキヒコ(ライカギャラリー京都)
KG+ 2017 アソシエイテッド・プログラム.JPG

光の交響曲

唐紙は、祈りの風景です。
人々の祈りや願いの物語がこめられたカミさまの宿る美しい風景を、ぼくは唐紙と呼びます。
また、唐紙は、光の文化とも言えます。
最上の唐紙の美は、陰影のゆらぎが放つ静かなる気配に在ります。
初めて菅原一剛さんと会い、その静かな気配が佇む写真を見た瞬間にこの人とは何かあると直感しました。
ゆえに一緒に作品ができないだろうかとの相談には考える必要もなく即答でした。
今回のコラボ作品は、自我や意図を越えた祈りの世界が奏でる音の世界だと思います。
写真という光と唐紙という光の交響曲に、見る人はきっと、静けさに宿る光の音を感じることでしょう。
2017.春 唐紙師トトアキヒコ





できあがりを見た感想を東京にいる菅原さんから聞かれたとき
ぼくはこたえました。

蠢いている。

と。

実物の光をぜひ、みなさんその目でご覧ください。
5月14日までライカギャラリーにてご覧になれます。

「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭」
KG+2017 アソシエイテッド・プログラム

会 期: 2017年4月14日(金)〜5月14日(日)
会 場: ライカギャラリー京都 2F 特設会場











2017.4.30
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 23:59 | - | - |