唐紙師トトアキヒコ
従来の唐長の唐紙を継承した襖や建具、壁紙、唐紙を用いたパネルやランプなど現代の暮らしに合うさまざまな唐紙のしつらいのオーダーをアトリエKIRA KARACHO(雲母唐長)にてうけ、またそれを制作すると共に、唐紙の芸術性を追求し、点描とたらし込みを融合させ自らの指で染めてゆくトトアキヒコ独自の技法「しふく(Shifuku)刷り」や「風祈」と呼ばれる技法から生まれるアート作品は、美術館にも収蔵されている他、寺社仏閣、公共・商業施設、個人邸宅など、さまざまな場に納められており、その独特の気配と世界観を持つ唐紙作品には、言霊が宿り、情景や物語がそえられることから「ことのは唐紙師」と呼ばれている。名刹養源院に奉納されたアート作品「星に願いを」は、俵屋宗達の重要文化財「唐獅子図」と並んでいる。同寺にある俵屋宗達の重要文化財「松図」の唐紙修復も手がけており、一方では美術館にて唐紙の歴史上初めてとなる唐紙アートの美術展を開催するなど、伝統の継承を行いつつ、現代アートなる唐紙の世界を築き、前人未到の道を切り拓いている。
2015年9月、言霊と撮りおろした写真をまとめ、初エッセイ「日本の文様ものがたり」(講談社)を刊行。

TOTO has been working as a craftsman in KARACHO, that is a famous studio of KARAKAMI woodblock-printed paper in Kyoto established in 1624, and making traditional ‘fusuma‘ sliding doors and wall papers, and he is also passionate about an artistic expression with KARAKAMI. His original method called ‘SHIFUKU’ painting with his fingers can create unique works of art.
He provides his KARAKAMI works for various temples, shrines, museum,public facilities, and private houses, and people feel drawn to his works which the spiritual power of language brings some scenes and stories, that is a reason why he is called KOTONOHA KARAKAMI-SHI.
His artwork called ‘Wish on a star’ is displayed next to the important cultural property by TAWARAYA SOTATSU in YOHGENIN temple in Kyoto, and he had also restored another SOTATSU’s work there.
As mentioned above, he is devoting himself to maintain the traditional works, and trying to establish the contemporary arts with KARAKAMI at the same time.

KARAKAMI artisan
TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
[雲母唐長]KIRA KARACHO online shop



唐紙師トトアキヒコのブログ(2008年5月〜2013年6月)

http://blog.goo.ne.jp/kiratoto
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KIRA KARACHO(雲母唐長)/ことのは唐紙師トトアキヒコが奏でる光と音…「唐長美術館」への軌跡
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2016.08.12 Friday
人生は儚い.JPG

うちのアトリエのヤマボウシにはよく蝉がとまる

生まれたての命みなぎる蝉が鳴く日もあれば
力尽きて今にも落ちそうな蝉の最期をみかける日もある

人間からすれば、たった数日かもしれないが
蝉にとってはたった数日だなんて思っていないかもしれない

自然はいつも教えてくれる




生きるのはとてもとてもたいへんなことなのに
瞬く間にして命の炎は消えてしまう

やりたいことがあるなら
やれない言い訳をしてやらない人間にならないように

ぼくは、自分の信じる道の為に
自分を信じてくれる人のために
この限りある命をつかいきりたい

選択の道は、いつも二つだ
行動するか、しないか











2016.8.12
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 23:59 | - | - |
2016.06.29 Wednesday
心象風景の唐紙
心象風景の唐紙.JPG

絵画や写真のように唐紙を愛せるように、と、始めた唐紙のアートワークだが、ぼくが表現しようとした唐紙におけるアートの道を切り拓くということは、絵画や写真とは異なる世界。抽象画や現代アートはさておき、いわゆる絵画に描かれる具象性は唐紙には乏しい、写真にはそもそも現実にあるものを写すことからくるリアリティが放つ力が潜むが、唐紙にそのリアリティは感じにくい。
文様は、モチーフが削ぎ落とされて簡素化されデザイン化されているものを多いが、そこに絵画性を見いだすのではなく、文様の起源や物語を紐解き、また思いを馳せるにつれて、その祈りの風景からなる文様という徴が削ぎ落とした侘び寂びの如くの絵画のように、あるいは現代アートの抽象画のように表現するということを身につけた。
初エッセイとなった「日本の文様ものがたり」を読んでいただければ、なぜ、ぼくが描く唐紙の世界は多様性をもち、多くの人々が愛してくれるようになったのかその起源やきっかけが、なんとなくわかると思う。

文様を心象風景の唐紙としたことが、トトアキヒコという存在の証となった。

数年前には賛否両論をうけて嫌な思いもし、理不尽な仕打ちも多々あったが、自分が目指すところを見据え、仕組みを変えれば世界は変わることを信じてここまで来た。
世界は少しだけ変わった。
今や唐紙をアートした第一人者と評価され、その風景は全国に点在し、呼応する。
ただ、ぼくにとってこれは出発点という通過点にすぎない。やりたいことをやるには、やりたいことをやるだけの器と力量が必要だ。ようやく、次の段階へと進むことができる。








数々に咲き誇る記憶の彼方に
幾度も生まれゆくあの光

ぼんやりとしては
忘れさり
ふいに
また思い出す

あの光がなんだったのか
思い出した時には
あの頃と違う自分に出会うのだろうか

まわりめぐるこの世界に
あの景色が心を巡る

それはとてもキラキラしている

大切なことは、忘れないことではない











2016.6.28
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:01 | - | - |
2016.05.10 Tuesday
唐紙というしあわせ
唐紙のゆたかさを.JPG

結局、世間で言うゴールデンウィークというものは訪れなかった

唐紙をつくること…会うこと…思考すること…

毎日唐紙から離れられずにいる
離れたいとも思わないが

そもそも、唐紙をつくることを嫌になったことがない

もちろん、身体的、精神的に辛いことは多々あるし、難しい局面ではうまくゆかないこともあるのだが、つくることが嫌になったことがない

ただ、
一度だけ、大スランプに陥り、通常の従来どおりの唐紙はつくれるけど、アートワークとしてオファー受けている作品が精神的に手がけられず、ままならないという状況に陥り、戸惑ったことはあるが、その時も嫌にはならなかった。

それも過ぎたこと。


その頃の作品たちは元気だろうか。
「トトさんの唐紙は、奥行き、空間、霞、気配、変化を感じさせます。私はそこが好きなのです。
…中略
これも一つの縁でしょう。トトさんが「突き抜けた」一つの節目をいただこうと思いました。」


こんな風に、いつもさまざまな困難を乗り越える際には、いろんな声が届く。
他者を通じて聞こえて来る声は、観音さまである。
さまざまなものや事柄や人を通じて観音さまはメッセージをくださる。





おかげさまで、今日も朝は染め、午後も制作でき1歩前進。
毎日少しずつでも歩みを進めること。
モノづくりに携わる人間の歩みは自分よがりでは、進まない。
誰が為、何の為のモノなのか。

空きの間にメールの確認をする。


作品が飾られた寝室は見違えるようなスペースになり感激しております
とか
2年前に作品を届けた方からは、作品に自分を重ねここまでやってこられた、また新たなオーダーを相談したい
とか
儚げに移ろう唐紙を届けた方からは、そこはかとなく見えるのがいいです!
とか連絡がくる



これら唐紙を愛する人たちの声が、どれだけぼくの心を潤すことか。

唐長400年の歴史は、唐紙を愛でた人たちとの時間である。
それを後から伝統だの文化だの言っている。
モノはモノだけでは伝わらない。
そこに必ず伝えた人が存在する。
本質は、人だ。
人がモノを語ると、物語が生まれる。
その物語はやがて大きな何かを形成してゆく。


どれだけちっぽけな1歩であろうと
その1歩が
その1歩だけが
壮大な歴史へ繋がる1歩となる



毎日、心静かに唐紙をつくれるしあわせに感謝しています

唐紙というしあわせ
ぼくは、そのゆたかさを人の心へと届けたい











2016.5.9
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:03 | - | - |
2016.04.25 Monday
L’EPILOGUE
L’EPILOGUE.JPG

水に源
木に根あり



今、目にしているものには、背景やルーツがある。
どれだけ枝葉をひろげようが、花を咲かせようが実を実らせようが
幹をつたうと根がある
根は見えないが
根はある

花は花だけでは咲かない





創造の泉にも源はある
10代の頃の強烈な記憶

「L’EPILOGUE 」を聴く
白の無垢なジャッケットは、大好きなキラ染めに白の唐紙を思い起こさせる。
その白の陰影の移ろいが、過ぎ去りし時間と今を行ったり来たりする。

氷室京介の音楽には、忘れ得ぬ大切な風景があり、節目節目でぼくを奮い立たせてくれた記憶がある。
L’EPILOGUE は、あるひとつの終焉ではあれど終わりの終わりではない
氷室京介の存在とその音楽は、ぼくと世界中の誰かの人生を変えてきた
そしてこれからも、誰かを変え続けてゆく力を持つだろう。

魂があるというのは、そういうことだ。


音楽が世界を変える力を持つならば
ぼくは唐紙で世界を変えたい
魂がある唐紙で











2016.4.24
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:35 | - | - |
2016.04.11 Monday
唐紙界の正当な風雲児
風雲児.JPG

各界で活躍する個性豊かな人々をゲストに迎え、さまざまな“創造”のあり方を
調査・研究していくマンスリー連載企画「Creators' Bonding」TALK27に紹介していただきました。

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今回のゲストは、日本古来の「唐紙(からかみ)」の文化を未来へ受け継ぐべく、
唐紙のアート作品など新たな試みに取り組む、唐紙師のトトアキヒコさん。
江戸時代の天才絵師と作品が並べられるなど、驚くべき創造の軌跡を辿ります。

Creators' Bonding TALK27
唐紙師が今に伝える祈りと創造の力とは?
http://www.creators-bonding.com/

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世の中を変えるには仕組みを変えることだ。
仕組みを変える気概がなければ、第一人者とはなりえない。

と、ぼくは昔のブログに記している。

ようやく仕組みが変わりはじめた。
昔は、本質を見ようとせず意図が理解されずに目新しさとぼくの立場への風向きが強く批評にさらされたり、違和感だの異端だの言われていたことが、今や世間のほうが普通に唐紙のことをアートと言ったり作品と呼んだりするようになっていたり、異端ではなく、今や唐紙をアートにした第一人者、唐紙史上初として世間から評価される訳ですから時代は変わるものだ。
アートに起因する唐紙のオーダーや作品の依頼は全国から途絶えることなく、今の時代を生きる唐紙としてこの数年間継続して、唐紙を届けている。
結果として、唐紙の文化を伝え続けている。



先日、初エッセイ「日本の文様ものがたり」を読んでくださったぼくよりはるかに先輩のおじいさんにから手紙が来た。


これからも唐紙界の正当な風雲児(異端児ではありません)としてアートの世界をリードしていってください。
微力ながら応援をさせていただきます。


随分とご年配の京都人からのこういう手紙は効く。

京都は新しいもの好きだが、利己的排他的なところも根強く残る気質もある難しい場だ。
受け入れず排除するというのも守ることも何かを守る一つの方法かもしれないが、それでは食い細る一方だ。ほんまもんは常に変化と多様性を取り込ながらも進化を遂げる歴史があることを、さまざまな歴史が証明している。

Creators' Bondingを読みかえし、
積年のことに、しみじみと思いを馳せてしまった。











2016.4.10
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)


| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 00:51 | - | - |
2016.03.21 Monday
進化の本質
進化の本質.JPG

何かを極めようと思えば、一万時間の負荷をかけ続けると、だいたいその道のエキスパートになれるという。
振り返ると、一万時間の法則は、随分前に、とっくに越えている。
確かに一万時間の経験値からくる技術や知識は蓄積されているのだろう。


だけど、ぼくにとって、唐紙とは技術でつくるものではない。
一見、技術論はあたかも正論に思えるが、実はそうではない。


本質は、そこにはない。


ぼくは、早い段階でその気づきを得た分、あらゆることが時間軸をこえて早く進んだといえる。
メディアの方々や関係者、そして唐紙を愛してくれるお客さんたちにも、その進化のスピードと積み上げてきた実績と仕事量に驚かれたりするのだが、ぼくの中では明確に理由も答えもでている。
本質は、ぼくの中でしっかり息づいている。
このことを理解している限り、道をふみはずすことはないと思っている。




また、一方で人生を変える努力を積み重ねてきた。
宿命、天命は神から与えられたものだが、運命は変えることができる。

運命は性格に宿る

何かがうまくゆかない時に他者のせい社会のせいにしがちだが、社会や他者はそう易々とは変わらず、変えることは難しい。
ただし、変えることができるものもある。

自分のチカラで変えることができるのは、自分自身だ。

試しにその性格を変えてみればいい
自分は誰に気兼ねなく自分で変えることができる
例えば、その性格を変えると、人間関係が変わり、出会う人も変わる、つき合う人も変わる、環境が変わる、やがては、呼び込む運命までもが変わる。
運命が変わると
すなわち、人生が変わる


何かを成し得たいなら自分を変えることだ


自分を変えることが、世界を変えるということを知ることだ
そう思ってぼくは、これまで生きてきたし、これからも生きる。











2016.3.21
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 23:55 | - | - |
2016.03.13 Sunday
あれから5年
進化.JPG

5年前にこんなブログを書いている…


チャンスは逃したらあかんで
逃したら次はないと思わなあかん
あんたに今吹いてる風なんやからあんたにしかつかめへん
あんたは誰に躊躇することなくすすむべき
チャンスは逃したらあかん
はよ帰って、ええ仕事しいや


これが最後に話したことばでした
本当の最期は話せなかったから


悲しみにうちひしがれ立ち止まることを望んではなかったと思ったぼくは、翌日から再び制作にかかりました。
悲しくないわけないです。
ただ、のりこえて歩みをすすめること、身を以て教えてくれた人がいたからです。
護王神社の宮司さんからも、あなたは人の幸せを願っててがけておられることだから、とどまることなくすすんだほうが良い。その方の示してくださった導きと思いなさい、と。

また、ひとつ尊い祈りの場に数万回の祈りをこめて指染めした唐紙が生まれました。
イノチノヒカリ

ぼくは、この作品をてがける中、たくさんのことにきづきました。

光りは消えない…
音は消えない…
見ようとせぬだけ
聞こうとせぬだけ

光りの文化であり、音なき音をあらわしたこの唐紙には、幸せと感謝、とこしえの祈りがこめられております。

時同じくして、多くの人が悲しみと困難に立ち向かわれていることと思います。
心の平穏と一日も早き復興を心よりお祈りいたします。
ぼくは、さらなる精進を積み、唐紙を通じて世界が平和で人々が幸せであることを願い唐紙をつくり続けたいと思うのです。

人生は短い
唐紙は長い
思いはとこしえ

目覚めることをあたりまえとせず
一日一日を感謝し、ちゃんと生きる






ぼくは5年前に、こんな言葉を記していたのだ。
独りアトリエにて作品の最後の仕上げに白色で「しふく刷り」を手がけていたのだが、なぜか紫色になり、紫雲だなと思い涙したことを今もよく覚えている。

目覚めることをあたりまえとせず
一日一日を感謝し、ちゃんと生きる

だからこそ、やりたいこと、やれることは全方位で全部やってきたし、例えそのことが負荷をかけようが、リスクがあろうが、やってきた。やらずに後悔するよりはやったことで出会うものに目を向ける、時に痛みを伴えども受け入れ前進してきた。


唐紙のアート作品:イノチノヒカリが生まれた日は、2011年3月11日。
イノチの気配を記し、とこしえの道を示した作品は、今も護王神社の境内で輝いている。

唐紙を通じて世界が平和で人々が幸せでありますように…

唐紙師トトアキヒコが手がける唐紙に、祈りが宿らぬものは1枚もない。
これは強み。
ぼくが唐紙をつくり続けるということは、祈り続けることだ。
唐紙師が世界にできることは唐紙をつくり続けることしかない。
これより先も、唯唯、祈りの道をつないでゆきたい。


そのことが唐長の伝統と歴史を繋ぐこと、唐紙の進化の道をつくることだと信じている。











2016.3.12
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 02:24 | - | - |
2016.01.18 Monday
唐紙師人生最高の年とする
唐紙師人生最高の年.JPG

祈りはチカラ。
信じるチカラ。
祈りは、ぼくを強くする。





申年も、唐紙を通じて人々の心がおだやかであること、そして世界の平和を祈り続けます。

今年も自分との戦いのはじまりです。
一昨年は、東京国際フォーラム相田みつを美術館での初の個展、昨年は講談社より初エッセイの刊行、これら一連の流れは数年間の種蒔きを経て、大きな風を巻き起こしてきた。
ぼくの中では毎年毎年、この数年間ずっと、自己ベストを更新し続けてきたが、今年は人生最高の年となるように精一杯努力したい。昨年より、さらに唐紙を通じて人々にしあわせを届け、世界へ貢献し、唐紙師人生最高の年とする。
そして、2016年が終わる時には、2017年は唐紙師人生最高の年としたい、と、高らかに宣言したい。

常に最善を尽くすこと
最高はいつだって

NEXT ONE

と颯爽と言い続けられるよう、磨き続けたい。




年初は、新しく生まれたロームシアター京都内、京都岡崎 蔦屋書店のアートワークに参加、蔦屋書店のシンボルでもある最新情報が詰まった雑誌が揃うマガジンストリートに唐紙のランプシェードを作成。
2月には講演会、3月にもトークショー、そしてKIRA KARACHO新作コラボの発表が東京である。
商業施設のアートワークや個人宅への作品受注、もちろん、変わらずつくり続けている従来の襖や壁紙の受注…秋には自己最長に挑む30メートルに及ぶ作品の発表。今年も全力で唐紙と向き合い、自分で自分を越えて前人未到の唐紙師として進化し続けたい。

イチローが言いました。
他人の記録を塗り替えるのは、7割、8割の力でも可能ですが、自分の記録を塗り替えるには、10割以上の力が必要です。小さなことを積み重ねることが、とんでもない所に辿りつくただ一つの道、だと。

前人未到の境地とは、そこに誰も到達していない訳ですから、手本や見本など比べるものはありません。

この1歩こそが
否、歩みを進めたこの1歩だけが道をつくるわけです。

行動した人だけ、そこに立った人だけが見える風景があります。
だから、挑み続けたいと思う。










2016.1.17
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 01:54 | - | - |
2015.12.30 Wednesday
一橋大学の教壇に立つ
一橋大学の教壇に立つ.JPG

2015年12月9日は、覚悟のいる大きな挑戦だった。

これまでさまざまな場で講演をしてきた。講演会場やホテルや商業施設、店舗、百貨店、神社にお寺に個人邸宅…大きな会場では東京ドームでも話をしてきたが、今回はそのどことも違う緊張感と向き合うことになる。
唐紙を伝統工芸として捉えるのであれば、芸術系の大学で話すのはまぁ普通のことだし通じることも多々あるのだろうが、今回のクラスは一橋大学の大学院でありビジネスを極める場。しかも、通常の講演会は、少なからずとも唐長や唐紙に興味がある人が対象であり、そういう方々が入り交じる中に、呼ばれて話をする訳だからある程度は話が通じるということが前提である、今から考えるとなんとも恵まれた状況下での講演をしてきたものだとさえ思える。

今回は、違う。
唐紙も唐長もトトアキヒコも誰も知らない。
なおかつ、日本語は通じず、英語のみの世界各国でこれから活躍するいわゆるビジネスエリートたちの為のクラス。

そう。誰も、何も、知らない、のだ。

そんなある意味苛酷な状況下でなぜ、ぼくはこの依頼を引き受けたのかというと、それは「挑戦」というひと言に尽きる。
なぜなら、ぼくは、これから唐紙を世界の舞台で発信しようとしている。
つまり、言葉も通じない、誰も唐紙のことを知らないところへ唐紙を届けるということをしようとしている。誰も何も知らない場において、ぼくの話が何かしら共感を得ることができないのであれば、そもそも唐紙が世界に出ることなどできない訳だから、今回の機会は、ぼくのチカラが世界に出るだけのものがあるのかどうかを推し量るリトマス試験紙でもあった。
結果は、1時間ほどの講義が2時間近くに及び、その後、学生たちの質疑応答は1時間に及び3時間以上話し続けた。

唐紙を知り、魅了された学生たちにぼくは囲まれることになった。




一橋ICS国際経営戦略コースは、日本初の専門大学院として国際的なビジネスのプロフェッショナルを養成する日本で唯一授業をすべて英語で行うビジネススクール。一橋ICSのビジョンは”Best of Two Worlds”であり、西洋と東洋、実践と理論、新しい経済と古い経済、持てる者と持たざる者など2つの異なる世界の間の架け橋となることだそうで、これはまさに、ぼくの志とも合致する。
新宿伊勢丹でぼくの講演会を聞いてくれた一橋大学の講師である西坂さんが興味を抱いてくれたことから、このクラスを受け持つ西坂さんと木村さんから依頼を受けた。日本の多くの伝統工芸が廃業や縮小を余儀なくされている中で、新たな顧客層を開拓し、アートとしての唐紙を届ける挑戦は、まさにブルーオーシャン戦略でもあり、世界から集まる次世代のビジネスリーダーにも学ぶところが多いはず。今回は、トトさんのアーティストとしての側面だけでなく、プロデューサーとしての考えもお聞かせ頂けたら興味深いとのことだった。

冒頭に、西坂さんより伝統産業が抱える問題や現状、国の政策などの説明があり、産業としていかに斜陽であるかの背景がスライドをまじえ語られた。これらの問題点をすべて発想の転換で乗り越えて唐紙にアートという新しい命を吹き込み、新たなマーケットを作り出したトトアキヒコ様のご紹介!…というなんともハードルのあげられた状態でぼくは壇上する。
ちなみに、唐紙の外的環境として和室数の推移は、1970年代59.0% だったものが2000年代では23.7%に激減しているそうだ、和室とともにあった唐紙であれども、斜陽どころか、今、ぼくが抱える全国からの唐紙の制作受注は過去三年間右上がりに上昇し続けている。

まず初めに唐紙の歴史や背景などを説明し、ぼくが気付きを得た唐紙の本質を学生たちに話をする。単なるデザインや装飾紙として捉えてもらいたくなかったので、唐紙に潜む美のチカラの根源はどこからくるものなのかということ、文様に宿る祈りのチカラなど時間をかけて話した。公用語は英語なので、西坂、木村両氏がぼくの日本語を英語に通訳してゆく。教室は、とても静かだ。緊張感というよりかは、品定め、というか分析されているといった空気が漂うなか、普段の話では空気が変わるとこでも通訳による時間差と言葉の壁のせいもあり、慎重な空気が漂う時間だったように思う。

その後、
伝統工芸として伝えられてきた唐紙になぜ、アートの道をつくろうとしたのか、また、その結果について話す。和室の減少と暮らしの変化、他が途絶えてしまった結果唯一残ったことによる特異性がさらに買い手のハードルをあげ、文化財修復などを手がけることは、時に逆効果を生み、より一層ハードルがあがる要因となることを説明した。
すなわち、多くの人が唐紙を知らない中、和室がない暮らし、価格が高い、時間がかかる、京都までわざわざ行かねばならないオーダーの手間などマイナスの要素だらけの中から、買わない理由をぼくは一つ一つ消してゆき、話をすすめた。
伝統として特別なとこに奉られたとっておきのものよりも、本当に心から必要とされるとっておきのモノとして唐紙を愛する人との関係性を築くことの方がぼくにとっては尊いのだ。
とっておきというのは、歴史や伝統があり、希少価値があり価格も高いから価値があるというのは、ぼくの考えではない。

本当に必要とされるモノとなってこその、とっておきこそが、ほんまもんだと思うし、そこを目指している。

この辺りからは、ぼくがビジネスモデルとしてどう捉えているかという話も含めて講演する訳だけど、ここからはこれまでの講演会でも話してこなかったぼくにとっても初めての試みが始まる。
ビジネスの世界におけるモノゴトの革新が生まれる状況下、成功する新規事業3つの条件について話をする。

1)市場が大きいということ
2)そこでの不満や不便があること
つまり、市場はあるが、改善の余地があるということ
3)変化の兆しがあること
時代の変化、技術革新、規制緩和などの変化が起きているということ

この3つの観点からぼくのしてきたことや考えを当てはめて語った。
失われてゆく日本文化、唐紙文化の中で、わかってもらえないのは、わかってくれない他者や社会が悪いのではなく、わかってもらえない自分が何より悪いのだという考えから全ての行動は発している。

未来を予測する一番の方法は何かわかりますか?

と尋ねると数人が手を挙げてくれた
その内の一人に尋ねると、
「build up!」
と彼は笑顔で答えてくれた。ぼくは対話できることがとても嬉しかった。

そう、
未来を予測する一番の方法は、その未来を自分がつくればいい。

マーケティングや分析はとても大切なことだけど、ぼくからすればそれらは全て過去のことだ、そこに重きをおくよりも、それより未来に目を向けませんか、未来を視るチカラこそが大事だと話した。
いつだって未来は、前にある。
選んだ道の正否を分析するより、選択した道が正しくなるように行動することのほうが大切だと思う。
今、無いものだから、今、見えていない景色だから不安を抱き、拒む人がいるのであれば、目に見えるようにすればいい。だから、ぼくは誰にでも目で見てわかるように自らが行動することによって、第一人者として唐紙の未来を示した。
世界に通じるポテンシャルがある唐紙を誰にでもわかるカタチで見せるためにアートにした訳だし、世界の舞台にでる為には世界のルールに則る必要がある。
すなわち、アートは世界共通言語であることに素直に目を向けたのだと。

伝統とは、というお題についても時間をかけた。
なぜ唐長が400年続いてきたのか
文化というのは、一方向でなく相互間
愛おしんで手がけたつくり手と愛おしんでくれはるつかい手
時間とともに朽ちてゆく良さ、ダメージや傷ですら愛おしく思える文化
頑丈だから、丈夫だから残るのではない
語りとともに、受け継がれてゆくことの大事さ
モノを越えるモノの物語
伝統とは、常に今
延暦寺不滅の法灯の話
など

唐紙は唐紙というモノだけでは、決して400年も続いてこなかった、というのがぼくの持論であり、確信でもあります。
つくり手もつかい手も、時代を超えて受け継ぐべきは、単にモノではないし、名や技術だけではこの先長くは続かない。

黒板にピラミッドの図を描き、1200年をこえる歴史を持つ唐紙の図式を表した。
最初の800年ほどの時代とその後のある革新後400〜500年のこと、そして2008年の革命以前以後のこと、やがて50年、100年経った時の唐紙の世界の三角ピラミッド図式に描かれることになるトトアキヒコ以前以後の話をした。どれほどの覚悟をもって、変化に挑んだことが伝わったと思う。
変わらないためには変わり続けること、変化と多様性の中から新しい価値を見いだすことが時間をこえて伝わり続ける秘訣であると、ぼくは思うし、世の中の仕組みごとつくる気概がなければ、第一人者とはなり得ない。

遠くを見据える未来を見る視力が大切だと最後に繰り返し、イソップの童話である3人のレンガ積みの話をして講義を締めくくった。
ぼくは3人目のレンガ積みと同じ思いで仕事をしている。
この先唐長が50年、100年と続いたときには、この日の講演も、歴史に残る唐紙の壮大な物語をつなぐひと時となる。希有な時間を一橋大学の学生たちと共有できたことを、心から嬉しく誇りに思うし、ぼくの話に共鳴したあなたたちがやがて自国に戻り世界で活躍するうちに、ぼくたちのビジネスパートナーとなる日が来ることを心から楽しみにしたい。
と、締めくくった。




講演終了後、質問時間を設けた。
これまでの講演では見たことのない光景を迎えた。
クレバーで熱気帯びた彼ら彼女らは、矢継ぎ早に手を挙げて、1時間以上質疑は続いた。

どんなコラボが有効かとか
こういうコラボは考えないのかとか
国内と国外どちらが大事かとか
世界に出ようとマーケットを世界にするならば、世界的なメジャーブランドと手を組む気はあるのかと、固有名詞を挙げて尋ねられて答えに困ったこともある。
たくさんの人に知ってもらいたいが、心ない人には愛してもらわなくてもいいし企業路線の違いがそれぞれにある中、ぼくの中で改めてさまざまな企業イメージを見直した時間でもあったその中で、メジャーになれども志や愛情が作り手も使い手も薄くならずにやっている世界的企業も確かに存在することをぼく自身認識した
また、その方の国でどのように文様が研究されているか教えてくれる人
質問と称して挙手し、他の事例として自国では失われた他国で残され伝統文化が近年本来の国で復興したケースを紹介し、今度このイベントを開催するにあたり、あなたも一緒に何かできるかもしれないと話をしているうちに質問じゃなくなる人もいた…笑
なんでこういうことを言っているのかと言うと「Like You」だからだ、と言われたりも…笑
また、ぼくが直面して抱えている一人での生産能力の壁の問題を鋭く指摘する人もいた
これに付随して、今後取り組む弟子や後継者、技術論の話を一万時間の法則を絡めて話をしたりする

さまざまな角度からの質疑応答で、学生たちには、ぼくが持つ「古今異」と呼んでいる3つの顔が浮き彫りになったと思う。
古は、従来の伝統を継承すること
今は、今の時代にあう新しい唐紙の道をつくりだすこと
異は、他者と交わり新たな価値をつくりだすこと

一橋大学での講演を終えて、今、思うことは、ぼくに内在する3つの側面を明確に認識したことだ。
それは、
唐紙師であり、プロデューサーであり、経営者であるということ。

この3つの顔の内どれが世界舞台へと貫くことになるのかは、わからないが、つくり手(player)として世界舞台で戦うチカラがあるということが、唐紙師トトアキヒコにとって全ての始まりだと思っている。

もうひとつ得たもの。
陰影のゆらぎ、不揃いの美、余白の美など気配のある唐紙を最上とするぼくの話す日本語はなかなか英語にするニュアンスが難しく伝わりにくく、取材やメディアでもいつも困っていたのだが、西坂さん、木村さんは、これまでの誰とも違う空気をもたらし美しい英語を話したことに驚きと喜びを得た。
西洋社会におけるアート世界に認知されるには、西洋社会のルールに則る必要がある、そこにはことばや理論、意図の説明や背景が不可欠であり、日本特有のそして京都では特にその傾向が高い、そんなこと話さなくてもわかるとか、というのは所詮日本でしか通用しない。
本気で世界に出るには、唐紙のこともぼくの作品意図を全て言語に置き換える必要がある。もちろん、モノとして美しいこと、本質的に圧倒的に潜むパワーがあってこそというのが大前提であるが。

今回の出会いは、これまで届かなかった場へ、思いを届ける声を得たとも言える。

みんなと撮影した1枚の写真。
届かなかった場に届け得る声を得たということ、ぼくの話を聞いた未来を担う人たちが世界各国に存在するということ、このことは、来るべき唐紙の未来に大きな意味をもたらすであろうとぼくは確信する。

一橋大学の教壇に立つ2.JPG










2015.12.30
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 07:36 | - | - |
2015.11.17 Tuesday
遠くを見るチカラ
遠くを見るチカラ.JPG
何かを変えるには、勇気と視力だ。

不安や畏れもある…抵抗や反対を受け批評にさらされたりもする。
自分は善かれと思っていても、周囲からすると、何がしたいのかさっぱりわからないとか、やめてほしいとか言われるのは、なぜだろうかと考えた。

モノゴトや体制を変える時に、現状維持を好ましいと考える人はたくさんいるし、そこで暮らしてきた人や、ましてやそのことにより既得権益を得てきた人にとっては尚、一層、変えることに不安や抵抗をおぼえるのかもしれない。
変わることにより、どうなるのかということが見えないゆえに、人は不安や変化を拒んだりする。
先が見えないからだ。

未来を予測する一番の方法は、その未来をつくればいい、と誰かが言った。

今、無いものだから、今、見えていない景色だから不安を抱き、拒むのであれば、目に見えるようにすればいい。
だから、ぼくは誰にでも目で見てわかるように自らが行動することによって、唐紙の未来を示した。

唐紙の未来のため、毎日、毎週、毎月、毎年つくり続けた。
今も毎日つくり続けている。
毎日つくりつづけているということは、どういうことか。
オーダーが絶え間なくあるということだ。
それは、ぼくが提示した唐紙の未来への賛同者、共感者が広がり続けているということでもある。

その昔…誰もなし得なかった唐紙にアートの道をつくろうとした時、邪道や異端と揶揄されたことが、今やスタンダードとなり人々の日常を彩るようになった。


未来を予測する一番の方法は、その未来をつくればいい

今また、ぼくは次の舞台へあがるための大きな変化をむかえることを決めた。
変化に必要なこと
一歩ふみだす勇気と来るべきその風景を見る視力だ


新しい変化に際して必要なことは、もうひとつ
それは新しい人と出会うことだ。

出会いは、大きな変化のチカラだ











2015.11.17
唐紙師トトアキヒコ
KARAKAMI artisan TOTO AKIHIKO(KARAKAMI-SHI)
| 唐紙師トトアキヒコ | 思い | 13:08 | - | - |